
ー前職ではどんなことをされていたのですか?
飲料メーカーにいました。入社は30年前です。
ー職種は?
新卒で入ったときは、人事部門に配属されました。その後、営業をやって、営業企画をして、本社の営業部で全国の拠点の支援もして。通常は、営業畑とかバックオフィスとか、一つの軸を持ってキャリアを積むことが多いのですが、私はほとんど全てをやらせてもらえました。いろんな経験を積ませて、成長させたいと考えてもらっていたのだと思いますし、ありがたいことでした。最終的には管理職として、他の事業会社との協業を進めるなど、本当に様々な経験をさせてもらいました。
ーすごい…キャリアですね。元々キャリアパスのイメージを持っていらしたのですか?
いえ。正直、20歳そこそこで入社した当初は、自分が社会に出て何ができるかなんてわからないと思っていました。だから、会社をよく知っている先輩方が「これが合ってると思うから、やってみなよ」と振ってくれる仕事を、どんどん積み重ねていきました。
自分で「これしかできません」と可能性を閉ざすのではなく、若いうちは何かに絞らず、自分ができることを会社の中でどんどん試していこうって。そうしているうちに、自分がどうなるかは分からないからこそ面白いと思うようにもなって。何かをやるたびに、その次の可能性が見えてくる。そんな感じで30年歩んできたような気がします。
ー充実したキャリアを歩んでこられたのですね。管理職にまでなられて、これからさらに深く事業にコミットしていくというタイミングで、教職という全く別の道を選ばれた。そのきっかけは何だったのでしょうか。
いくつかのことが重なりました。一つは、一昨年に父が入院したことです。10年前に他界した母が、生前にずっと父のことを気にかけていたのですが、母がいない今、娘である私が父の近くにいなきゃと思いました。それに、会社で次のステップに進むとなると、今以上に仕事で各地に行く必要が出てくるし、会食なども多いです。父のことだけでなく、自分のこれからの生活を考えたときに、このままでいいのだろうかと思いました。
そんな時に、地元である千葉で、教員不足で「先生」を探しているという事実を知ったんです。先生がいないってどういうこと?って友人と話して、衝撃を受けました。少しでも、何か私にできることはないだろうかと思いました。それで、通信教育で小学校の教員の資格を取りました。
ー教員の免許を新たに取られたのですか?
はい、取りました。
ーすごい…。そのモチベーションはどこから来るのでしょうか。
教育現場がここまで大変な状況だということを民間企業にいる方はあまり知らないと思います。私もそうでした。だからこそ、未来を担う子どもたちが困っている現状をどう伝えていくかが大事だと思いますし、その前に、まずは私自身が少しでも役に立ちたいと思いました。
千葉生まれ千葉育ちの私は、ずっと「最終的には千葉に貢献することをしたい」と思っていました。
私の名前には「千」という字が入っていて、「千葉を助ける子」という意味が込められているんです。私が生まれる前に亡くなった祖父がつけてくれた名前なのですが、私は、この名前に込められた思いに応えたいなと思っています。大好きな地元、千葉のために何かしたいんです。私は、「何が今の千葉の課題か」というところから入って、教職に関心を持ちました。同じ時期に父の入院があり、「今だ」って思ったんです。もちろん30年続けてきた仕事も大切に思っていますが、後悔はありません。私は、ずっとやりたいと思ってきたことに向けて、動き出すことができました。