K・Sさん(道路舗装の施工管理)
ちばで転職した、ひとのはなし / このままでいいのか

自分で「考える側」に立てた。
心から尊敬できる人に、出会えた。

K・Sさん(23歳)
寿司職人 → 道路舗装の施工管理(株式会社NIPPO 船橋出張所)
20歳のときに中途入社。父と同じ、道づくりの施工管理へ。

「何かの職人になりたい」と、まず選んだのは寿司の道だった

もともと料理が好きだった。母も飲食の仕事をしていて、高校時代は飲食店でアルバイト。「何かの職人になりたい」という気持ちがずっとあり、だったら日本の伝統である寿司の道に、と考えた。高校を卒業してすぐ、寿司職人になった。人に喜んでもらえる仕事だ。「寿司を食べて怒る人って、たぶんいない」。人の役に立ちたい自分には、やりがいのある仕事だった。

でも、心のどこかに、別の仕事への興味もあった。父がやっている、道路建設の仕事だ。高校のときには現場の手伝いに行ったこともある。「いつか自分も、こういう仕事をしてみたい」と思っていた。寿司職人も大好きな仕事だったけど、施工管理の仕事への思いは、日増しに大きくなっていった。何度も悩んだ。でも、悩んでいるということはもう、施工管理をやりたいということだったのかもしれない。

「残るものが大きい」----父の背中と、同じ道へ

仕事に出かける父は、家にいるときとは別の顔だった。現場のことを真剣に考えていて、責任をもって現場に向かっているのが、子どもながらに見ていてわかった。きっと大変なこともたくさんあったと思う。でも、決して大変だとは言わない。その姿が、かっこよかった。

父に相談し、いまの会社・NIPPOを紹介してもらったのが、転職の直接のきっかけ。人を笑顔にできる寿司職人の仕事も本当に好きだった。でも、道路や舗装は、残るものが大きい。完成したものを、たくさんの人に使ってもらえる。そこに大きな魅力を感じた。内定をもらい、「ここでお世話になろう」と決めた。「最初は----今もですが、がむしゃらに頑張る期間だと思っています。頑張れる場所に来た、という感覚です」。

現場のK・Sさん

大変だったことは?「全部です(笑)」

まず、施工管理という仕事そのものを理解するのが難しかった。人、重機、材料、工程、元請けさん、協力会社さん、そして天気。幅広く目を配り、全体を見て「いま何が必要か」を判断しつづける。その判断が、とにかく難しい。そんな中で目の当たりにした、上司の判断力が、凄かった。

忘れられない現場がある。元々地盤が弱い現場。雨で緩んで、合材を積んだダンプの重さで地盤が沈む。舗装が進まない。「今日中に終わらないかも」と電話で上司に相談すると、すぐ駆けつけてくれた。来た瞬間に、現場の空気が変わった。上司は「合材を分けて搬入しよう」と判断し、動線を変え、人の配置を組み替える。みんなが一斉に動き出す。「できないかも」の意識が一気に「できる」へ変わり、その日のうちに終わった。自分も、こうなりたいって、心から思った。そして、「どうすれば、あの状況を防げたか」ということを、深く考えた。

会社の強みも実感している。合材をつくるプラントが自社グループ内にあり、「この季節だと温度はどれくらい下がるか」というようなことをすぐに確認できる。品質管理をする上でこれは大きい。サーキットや空港など、精度の高い舗装の知見も先輩から学べる。自分で判断するための材料と環境が、すごく整っている。水がたまらないように勾配ができている。マンホールや縁石の端までしっかり舗装が詰まっている。そういう当たり前のことを高度に積み重ねて、誰もが違和感なく通れる「良い舗装」を実現するために、考える。

明確に「考える側」に立つようになった

この仕事を通じて、本当に、考えるようになった。寿司職人を目指したときは、ものすごく考え抜いたというより、自然な流れで進んでいたようなところがあった。それがこの会社に入って、はっきりと「考える側」の立場になった。考えないと、良い施工はできない。流れでやっていたら、今より良くはできない。

考えるようになってから、仕事がすごく楽しくなった。一つ一つを自分で考える。なんというか......丁寧な人生になってきた感覚がある。ダメだと言われた工程を組み替え、お客様の予定通りに終わらせる。仕事の喜びが大きくなっている。「僕は、この会社に来て確実に変わっていると思います」

「できたんだな」は、あとからやってくる

嬉しいのは、お客様や上司に「ありがとう」と言われたとき。大変だったことも、うまくいかなかったことも、それを乗り越えた喜びも、ぜんぶ理解したうえでの「ありがとう」だから...本当に嬉しい。実は、現場が終わった瞬間には「できた」という感じがしない。毎日見てきた景色が日常になっているからだ。後日プライベートでその場所に行き、家族連れや犬の散歩の人が普通に使っているのを見て、じわじわと「できたんだな」と実感する。つい舗装の端を見てしまうのは、もう職業病。

全力になれるのは、「尊敬できる人がいるから」だ。全力で現場に向き合い、動く上司に、出会った。その人がいると、職人さんたちみんなが、自然と「手伝うよ」っていう雰囲気になる。難しい現場でも「できる」と思える。そんな人がすぐ近くにいて、全力にならないわけがない。先のことははっきり見えていない。でも、とにかく「いまは、目の前のことを全力で向き合いたい。やるからには最後まで。まだまだ天井は見えないし、この会社なら、可能性は無限大だから」

この転職から、考えてみる

転職して「考える側」に立った。一つ一つのことを、きちんと自分で考えるようになって、仕事が楽しくなった。人生が、丁寧になった。

前の仕事も好きだった。転職して変わったのは、仕事の種類ではなく、仕事への"向き合い方"だった。自分で考えて動く側に回ったとき、彼の毎日は、着実に手ざわりを変えていった。

あなたはいまの仕事に、どのような向き合い方をしているでしょうか。向き合い方を変える企業に出会うことが、人生を丁寧にするということも、あるのかもしれません。

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